かっちゃんとスケバン

かっちゃんは、昔からの何でも話せる古い飲み友達。
そんな、かっちゃんと今日もいるのは「沖縄の老舗の味」と書かれた
ノレンのかかる高架下の安酒場。

まばらに入ってくるお客で、バックに流れるユウセンの歌が、入口の
ドアに仕掛けられた「チャリン」という音にかき消される。
すると、海ブドウを頬張っていたかっちゃんが、泡盛のグラスを見ながら
想い深げに話し始めた。

「おまえさあ、阿貝って覚えてる?」
「女の子? たしか小学校の時の同級生じゃなかったっけ」

「そうそう、その阿貝。細面ですらっとしてて、ふわっとしたセーターとか、よく着てた」
「いつも笑顔だったね」

「おまえは、すぐ引っ越しちゃったから知らないだろうけど、あいつもいろいろ有ったんだよ」
かっちゃんは、グラス片手に奥の灯りをすかすように眺めると、
沖縄名物の豆腐ようを楊枝で一筋こすり上げて口に運ぶ。

その目には、昔の情景が浮かんでいた。


時は、今より何十年も前、かっちゃんが高校生の頃、高校に行くのに
地域の多くの人は電車で高校に通っていました。
そんなわけで当時最寄りの駅は、登下校の時間となれば、
中学や小学校時代の顔が時折り見え隠れして、ちょっとした同窓会的な
再会がそこでは繰り広げられていたのです。

「時田じゃない?あ、久しぶりねえ」
そんな事を言う女子学生がひとり、かっちゃんに近づいてきました。
だれだっけ・・、
まああまり話したこと無い奴なのは確かだから適当に話し合わせとこう

そんなことを思いながら話を合わせていると、
「ねえ、阿貝さん。変わっちゃったわねえ、見た~?」
「阿貝?見かけないけど」
「今も、バス停の前にいるわよ、スケバンの仲間と一緒に
「え?」

そういえば、最近バス停の周りに髪を長め、パーマをかけたり
スカートを地面に着くほど思いっきり長めにした
3人の女学生がたむろしていました。
昔風のいわゆるスケバンと言う奴。
その一人が、いつもこちらを見て、なんだか睨んでいると
かっちゃんは感じていたのです。

「なんでも、お父さんが亡くなったそうなの。
あの子お父さんっ子だったから、すごく悲しかったのね。
なのに結構早くお母さんが再婚したらしくて、、
それが原因じゃないかって、うちのお母さんが言ってた・・」

おしゃべりな親を持つと娘もおしゃべりになるのかと、
うんざりしつつも、阿貝さんの身の上に起きた事をかみ砕いて
しんみりした気持ちで、その場を離れました。

駅の改札口から階段を下りてバス停の前を通ると、
いつものように、3人のスケバンがたむろしてます。
一人がこちらを見ているのもいつもと一緒。しかし
かっちゃんがいつもと違いました。
本当に阿貝なのか確かめるように、じっと見てたのでしょう。すると、

「何じろじろ見てんだよ!」
スケバンの一人が怒鳴りました
「ほんとに、阿貝か?」

「あ? だったら どうだってんだよ!」
かっちゃんは、その恫喝するような声に戸惑いながらも
その大きな目を見て、あの阿貝であることに驚いていました。
「結構、雰囲気変わったから、わからなくってよ。
スル~してたよ、ごめんな」

「どうだか。このカッコしてれば、声かけてくる奴はいねえよ」
鼻で笑うように、侮蔑した笑顔を浮かべ向きを変えようとする阿貝に
鈍感なかっちゃんは、素直に聞いて見るのです

「上に、結構同期が集まってたぞ。声かけたら楽しいよ」
指で駅の上を指すかっちゃんに対し
、捨てるように返し後ろを向く阿貝
「オレの事はほっとけよ。どうせ、仲間内でオモシロおかしくオレのことも
話してるんだろ」

「確かにちょっと聞いたけど、、お父さんが無くなってから・・・」
「お前に何がわかる!!」

振り向きざまの阿貝の大きな瞳は、やり場のない怒りで瑠璃色に見えました。
「お前に何がわかる!!」
そういう繰り返す阿貝の顔を見るうちに、かっちゃんは知らずにしゃべってました
「確かにおまえに何があったかはわからない。
お前がお母さんをどう思ってるかも、全て。
おまえじゃないから、想像するしか出来やしない。
でも、ひとつわかる事もある。俺たちは仲間で、おまえが
帰ってくるってことを待ってるってこと」

「きいたふうなこと言ってんじゃねえ!」
阿貝は怒りで、髪まで逆立つ形相になりました。
仁王立ちになり、こちらを睨みつけると
女というイメージはなく、たいていの男はすくみあがるでしょう。
かっちゃんだってなんだか怖くなりました。

と、後ろから、二人の連れのスケバンが声をかけました。
「阿貝、そいつは何だい。やけにいれこんでんじゃねえか」
「なにか、昔のこれかよ」
親指を立てて、にやにや笑う二人。

「そんなんじゃねえ、ただの昔の・・・知り合いだよ」
少し寂しそうにいうと、二人のスケバンの元に戻って行こうとする
「そんな未練あるんなら、行ってあげたら阿貝ちゃん~
その純情そうな子にいろいろ教えてあげたら~」

にやにやと笑う二人、阿貝を通り越しかっちゃんに近づこうとします

「みりゃあ、ちっとはいけそうじゃん、みんなでちょろっといろいろ教えて・・」

「バカ野郎-!」
やおら、阿貝が通り過ぎようとする二人を両手でそれぞれ腹を
大きく押し戻しました。
あまり突然のことで唖然とする二人のスケバン。
かっちゃんも何かにつかまれたように動けなくなっています。
阿貝はかっちゃんに向き直ると

「どいつもこいつもバカにしやがって、
なんでてめえなんかに説教されなきゃなんねんだ。とっとと帰れ!」

「しかし、おまえは仲間だろ」
「仲間じゃねえ! もう仲間じゃねえんだよ!!」
びくりとする、かっちゃん

スケバン達が喜々として言います
「おおよ、おまえの仲間はオレタチさ」

「お前らも仲間じゃねえ」
「なんだと?てめえ、オレタチにそんなこと言ってただで済むと思ってるのか」

阿貝を睨みつけ、やおら、スカートから何か獲物を取りだそうとするスケバン。
その二人がポケットに手をいれた瞬間に、二人の顔や首をつかみ地面になぎ倒す阿貝。
二人が勢いのあまり一回転し、座り込む姿になり呆けたように阿貝を見上げる。

阿修羅のような形相で、かっちゃんに怒鳴りつける阿貝。
「とっとといけ、いっちまえ」
「しかし、阿貝」
「見ればわかるだろう、オレはもう仲間じゃない!
もう世界が違うんだよ。
それに、これはオレの問題だ」

実際、どれだけの時間がたったのかわかりません。
かっちゃんは、脱兎のように走り出しました。
後を振りることなく、体は恐怖に満ちていました。
心の中では、あの阿貝がと繰り返していました。

その日家に帰っても、かっちゃんは心が休まりませんでした。
どういうことで、あんなことになってしまったのか、
スケバン達は明らかにナイフ見たいなものを持っていて
喧嘩をしていましたし、自分の知らない世界がそこには広がっていたのです。
もう阿貝は行ってしまった。もう戻ってくることは無い。
阿貝
のことはもう忘れよう。
そう思うとなんだか後から後から、涙が出て止まりません。
それが、悔し涙なのか、悲しい涙なのかわからないまま
ずっと泣きくれたのでした。

それから、半年ほど過ぎたある日のこと。

かっちゃんは、バスの停留所近くで声を掛けられます。
振り返ると、そこには、阿貝さんが立っていました。
ピンク色のふわっとしたセーターを着て、髪も化粧も
普通の女性になっていました。

阿貝さんは、かっちゃんをみると話しかけました。
「あなたに会えるかもしれないと思って、ここに来てたの」
「ああ、ここは通るからな」

「あの時のことで、
私、こんなことしてちゃいけない、前に進まなきゃと思ったの」
「そう・・」
「それを言いたくて、来てたのよ」
「わかったよ。でもまあ、俺にはもう関係ないけど」
「え、なんで?仲間って言ってくれたのに」
「だって、あの時自分で言ったじゃないか、もう仲間じゃないんだって」
「そう・・そうね、あなたを帰そうと思ったから・・・
でも、それならそれでいいの。それでも私は前を向いて歩きたいと思うのよ」

ちょっと、さみしく笑うと、阿貝さんは去って行きました。
かっちゃんはその後ろ姿を見つめていました。


「それで?」
「それでしまいさ」
「なんとなく、かっちゃんらしくない結末だね」
「ふん」

「その後、彼女はどうしてるんだろうねえ」
「風の噂じゃ、早くに結婚して、子供も二人以上いるんじゃなかったかな」

「じゃあ、良かったんじゃないの。結果的に」
「よかあねえよ・・・・
あの時、俺は阿貝を切り捨てたんだ。
いろんなことがあっても、前向きに生きると頑張っているあいつを
仲間じゃないと。自分で仲間だとほざきながら、そのほうが楽だったから。
なんで、あの時、良かったなと笑顔で一言、言ってやれなかったのか・・・
せめて、今程度のの小さな度量があれば・・・」

「後悔先に立たずというわけか」
「いや」

そういうと、豆腐ようの残りを大きなかけらごと口に運ぶと、
苦々しい顔で、きつい泡盛を飲みほす
かっちゃん、苦々しい言葉は
その後をついてくる。

「後悔 後を絶たず、さ・・・」

安酒場の一角で、店主に新しい泡盛を頼むかっちゃん、
それは、まだ自分を許したくないからなのかもしれない。
申しわけ程度の音量で流れるユーセンの曲が変わり、年末によく聞く
あの歌が流れ始めていた。


アンジェラ・アキ「手紙」 投稿者 rapidstyle

p.s.
時に、人生は無慈悲である。
ちょっとした想いのかけ違いや、あるいはよこしまなモノの手によって、
あっけなく大事な仲間を傷つけ、失うこともあるだろう。

しかし、それでも、人を想う心をを無くしてはいけない。

自分を幸せにする事をあきらめてはいけない。

人生は、総じてプラスマイナス0だと言う人がいる。

しかし、それならば、だからこそ、ほんの少しでもプラスに
徳を積み、人をいたわり、想い、
のたうち苦しみながらも
自分を幸せと思えることに、にじり寄ることに
人生の価値があるのではないだろうか

若者よ、お年寄りよ、生きとし生ける全ての者よ。
もがきながら、太陽の光をほほに受け、空を見上げ
大志を抱け。