インビクタス

今日は、本日公開の映画「インビクタス」の宣伝です(爆)
2月の中旬に、同行観賞会という視覚障碍者に音声ガイドをライブする企画で、
吹き替え音声にデビューする予定(まだ確定じゃないけど)

どんなに魅力的なお話しか、まとめてお伝えします。
(複数回に分けて、ボランティア団体のMLに流していたもので
ちょっと長文です)

ちなみに、NHKのおはよう日本でも宣伝してました。

あと、南アフリカって「銀魂」でも今週出てたな。。。
あれはこれを意識してるのだろうか

1.概要

原題「Invictus(インビクタス)」とは
19世紀のイギリスの詩人ウィリアム・アーネスト・ヘンリーの詩「Invictus」
のことである。
反アパルトヘルト活動により、国家反逆罪終身刑の汚名を着せられ、
27年もの歳月を獄中で過ごしたマンデラにとって、
この詩は心の支えだったという。

この映画は、もともとは「ヒューマン・ファクター」
のタイトルで製作されていたが、
「征服されない」という意味を持つこの題名に改名された。

オスカー候補 第一位の作品らしい
引用: (http://eiga.com/buzz/20091102/1/)
オスカーウォッチに定評がある米映画サイトRopeofSiliconでは今年、5本から10
本に増えるアカデミー作品賞ノミネート作品を大胆予想。同作は堂々の第1位に
ランクインされている。
1.「インビクタス/負けざる者たち」(クリント・イーストウッド監督)
2.「マイレージ、マイライフ」(ジェイソン・ライトマン監督)
3.「アン・エデュケーション(An Education)」(ロネ・シェルフィグ監督)
引用ここまで

また、この映画を試写会で見た観衆の約9割が満足し、
ミリオンダラーベイビーを超える
クリントイーストウッド作品の代表作になるだろうとアンケートに答えている。
(http://ameblo.jp/keyword24/entry-10413783739.html)

現在、私はジョン・カーリン作の原作を読んでいる。
前半を読み終えたところだが、ジャーナリストであるカーリンが
書いているので淡々とした読み物となっており、たしかに
興味深いことの数々だが、これが、どうしてそんな約9割の観衆が
満足するような娯楽作品になりうるのか、、、さっぱりわからない。

南アフリカ共和国出身の脚本家アンソニー・ペッカムの脚色がすごいのか・・
制作指揮しているモーガン・フリーマンの感性のなせる業か・・・
ただ一つわかっていること。

ネルソン・マンデラのこの奇跡とともに、監督クリントイーストウッドもまた、
奇跡を起こそうとしている。


2. 南アフリカの歴史(歴史のお時間)

そもそも南アフリカにはブッシュマンをはじめとする
先住アフリカ民族がいた。
16世紀からオランダ人がこの地に入り、土着の人々と
交わりブール人として定着する。

南アフリカは金やダイヤモンドの世界的産地で、18世紀に
イギリスの将軍がケープタウンを占領。
アフリカーンス語を話し英語を話すブール人は
二等国民として差別され、アフリカーナーと呼ばれるようになる。

その後、奴隷制度の廃止の後もアフリカーナーと
イギリス人、先住アフリカ民族とイギリス人の戦いが
続いたが、19世紀末イギリスに全面降伏し
イギリスの支配下に置かれる。
1910年に大英帝国の独立自治区として南アフリカ連邦となるが、
人種主義の政策が続く日々だった。

1931年にイギリスと同格の主権を獲得。
しかし、それからしばらくして大きく曲がりくねって道へと入りこむ。
1948年に貧しいアフリカーナーを基盤とする国民党が政権を握ると
アパルトヘルト(人種隔離政策)への道を突き進むようになるのだ。
国連やアフリカ人民評議会の反対にもかかわらず、アパルトヘルトは
国策として続けられる。

1960年代からはイギリス連邦からも脱退。南アフリカ共和国となる。
それより1980年代まで強固なアパルトヘルト政策のもと
国内では人種平等を求める黒人系のアフリカ民族会議(ANC)に
よるゲリラ戦が続く不安定な国となった。

その間、27年間監獄に入れられ続けながら、屈しなかった
国家反逆罪終身刑の男。それがネルソン・マンデラだった。

冷徹なるボタ大統領から健康上の理由で、国際感覚のある
デ・クラーク大統領へと移り、歴史は大きな転換期を迎え始める。
マンデラは1990年2月11日に釈放され、
1994年四月の国民選挙で大統領の就任した。


3. 南アフリカの歴史(映画)

もうひとつ、知る方法があるとすれば
それは2つの映画を見ることだと思う

「遠い夜明け」(原題 Cry Freedom)
制作・公開:1987年

1970年代の南アフリカの現状を訴えるために
南アフリカの白人ジャーナリスト
ドナルド・ウッズが命をかけて持ち出した原稿と
その逃亡劇をもとに、
 「遠すぎた橋」などで有名な
リチャード・アッテンボロー監督、俳優に
デイゼル・ワシントンを起用。
全世界で翻訳され上映された。

私は、そのころ大学生だったが、ニュースステーションに
亡命したジャーナリスト、ドナルドウッズ氏と
司会の久米宏のトークを今でもはっきり覚えている。
あわてて映画を探し、レンタルした。
DVDとしては、私が最初に買った2枚のDVDのうちの1枚で、
今もDVD棚に収まっている。

デイゼルワシントン演じるスティーブ・ビコは、
黒人意識運動に身を投じている。
しかし、暴動に走ろうとする学徒たちの身を案じ
居住区を出たところで保安警察に捕われ、
牢獄で暴行され死亡する。

ビコの追悼の席で語る友人の指導者の
セリフは確かこんな言葉だった。
「白人が不遜にもこの葬儀をさせないように我々を追い返した。
 それでも、今ここに、こんなにも多く、我々は集まった。
 (地平線を埋め尽くす人々が、叫び地が揺れる)
 ビコの死を悼んでくれる白人の友達は歓迎します。
 彼らもまた身内です」

その場で、流れた鎮魂歌にともいえる讃美歌にも似た
彼らの言葉の歌。皆が左手のこぶしを高く突き上げる。
きっとこの歌には意味がある。そう感じた。
その歌は「ンコシ・シケレリ」
インビクタスでもこの歌は、極めて重要な意味を持つ。
(それについては後で述べる)

最後のエンドロールは延々と、
南アフリカでの監獄で死亡した活動家たちのリストが
流れる、スティーブ・ビコはその中の一行の名前でしかない。
それが、この映画のメッセージだった。

そして、国際社会の目は、アパルトヘルトに無関心では
いられなくなった。社会的にも大きな意味をもった
作品だったと思う。

「マンデラの名もなき看守」
発売: 2009/04/24
マンデラ90周年ということで制作された作品らしい。

看守となっているグレゴリーは
おそらく原作で出てくるクリスト・ブラントを
もとに描いているのではないかと思われる。
マンデラが釈放されて、テレビの前に姿を現すまで
のこの映画は、
インビクタスの原作(ジョン・カーリン)では
前半の部分と重なっている。

原作を読む人にとっては、これがインビクタスの
の一部として見ることができる。

マンデラは言う、
「グレゴリーさん、過去の罪悪感にさいなまれ
自分の可能性を閉ざしてはいけない」
静かな物語の進行、そしてマンデラという人物の
一端を見せることを、この映画は成功している。

マンデラを映画として役者が演じたのは
この時が初めてらしい。
どこかのTVのインタビューで映画では誰が
自分を演じてほしいか尋ねられると
マンデラは、「モーガン・フリーマン」
と即座に答えたという。

そして2月5日、日本でもインビクタスが封切られる。
モーガン・フリーマンは、単に役者としてマンデラを演じる
だけではなく、このインビクタスを監督とともに作り上げる
制作総指揮に携わっている。


4. なぜラグビーなのか

1960年から1990年の長き悪しきアパルトヘルト政策は
南アフリカの人口約10%弱の白人
(イギリス系白色人種とオランダ系白色人種アフリカーナー)
にのみ、恩恵を与えるものであった。

アパルトヘルトの歴史、それはとりもなおさず
黒人解放運動の指導的立場にあったアフリカ民族会議(ANC)が
苦難の戦いを強いられた歴史でもある。

そのアパルトヘルト政策が廃止された時、この国をまとめるうえで
3つのものが、問題視された。
一つは国旗、一つは国歌、そしてひとつはナショナルラグビーチーム
スプリングボクスだった。

なぜと日本人ならば思うだろう。
灼熱の国アフリカ共和国において、音楽と踊りそれは民俗そのものであり
スポーツもまた、その枠の中に入るからかもしれない。

そして、アパルトヘルト政策を敷いた白人にとって、
一番の楽しい話題。それはラグビーだったのだ。

「マンデラと名もなき看守」という映画においても、ロハン島という監獄のある
僻地で、看守たちアフリカーナーが、ラグビーを楽しみ、看守同士で
打ち解けるシーンがある。
それほど、アフリカーナーにとってラグビーは、身近なスポーツであり
自分たちのスポーツであった。
その象徴がスプリングボクスであった。

だから黒人たちにとってスプリングボクスは、存在そのものが
アパルトヘルトの象徴だった。
多くの黒人がラグビーには無関心だったし
緑のユニフォームに熱狂するアフリカーナーに対し、黒人はブラックと名の
ついている他国のチームを応援するほどであった。

緑色のユニフォームを着て、忌々しい国歌をうたうアフリカーナーの選手。
それを、黒人が好きになれるわけがなかった。
ネルソンが奇跡を起こすまでは。

注釈:
スプリンゴボクとは南アフリカのガゼルのようなシカのことである。
その名前が、ラグビーチームにつけられていた。

国歌について、注釈しよう。
アパルトヘルト時代、アフリカーナーの国のうたう国歌は
「ディ・スラム(南アフリカの呼び声)」と呼ばれるものであり、
土着の先住民(黒人)対する戦争によって土地を
勝ち取っていった将軍たちをほめたたえる歌詞が含まれていた。

ANCはこれを国歌とすることにも抵抗しており、
1925年に国歌としてある歌を制定し、あらゆる所で歌われた。
「ンコシ・シケレリ(神よ、アフリカに祝福を)」

この「ンコシ・シケレリ」は
アフリカ各国(特にサハラ以南)で歌われている賛美歌であり、
現在3カ国が国歌として使用している。
作曲者は現在の南アフリカ出身のエノック・マンカイ・ソントンガ。

1897年に賛美歌の一つとしてソントンガが作曲した同歌は、
教会、黒人の学校などで歌われるようになり、国中に知れ渡るようになった。
その後、サミュエル・ンカイが作詞した。

1987年制作の映画「遠い夜明け」にも収録されている。

歌とスポーツ、譲れない想い、憎しみと赦し。

「ひとつのチーム、ひとつの国」

マンデラの想いを、託されたラガーマン達。
2月5日(同行観賞会は2月20日)
試合のホイッスルが鳴る。



5. 歌 「ンコシ・シケレリ」

英訳(英語のwikiより):
Lord, bless Africa
May her horn rise high up
Hear Thou our prayers And bless us.

Chorus
Descend, O Spirit,
Descend, O Holy Spirit.

みみすけの勝手な解釈(英語は苦手です):
「主よ、アフリカに祝福を

 国の角(誇り?)、高くなりますように
(母国をスプリングボクに見立て
 母国アフリカよ、角を高く突き上げてくれ 
 とも読めるのかもしれない)

 我々の祈りを聞いて、祝福を与えたまえ

(コーラス)
 降臨せよ、魂
 降臨せよ、精霊」

たしかに白人国歌に抵抗する歌としても読める気がします。
まさに先住民たちの大地に対する祈りですね。

原文:
Nkosi sikelel' iAfrika
Maluphakanyisw' uphondo lwayo
Yiva imathandazo yethu
Nkosi Sikelela Nkosi Sikelela

Nkosi sikelel' iAfrika
Maluphakanyisw' uphondo lwayo
Yiva imathandazo yethu
Nkosi Sikelela
Thina lusapho lwayo.

コーラス
    Yihla moya, yihla moya
    Yihla moya oyingcwele
    Nkosi Sikelela
    Thina lusapho lwayo. 

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Filed under: CinemaとDVD,ボランティア — みみすけ 6:29 AM  Comments (4)

4件のコメント
  1. こんにちは。

    私事ですが、大学生の頃、南アフリカに数週間行きました。
    勉強の為だったんですが・・・。
    って言うか、下級生の研究テーマが南アフリカで
    私はついでに一緒に言った金魚のフンだから大まかなことしか知らず・・・。
    だから、みみすけさんのこの記事、詳しく書いてあってとてもためになりました!!
    ・・・マンデラの豪邸も遠目で見ましたよ(^^)
    (当時は彼は獄中、悪妻で有名だった奥さんしか住んいなかった頃です)

    音声ガイドをライブって大変そう。
    考えただけで緊張する・・・。
    頑張ってください!!

    Comment by ほるん — 2010年2月6日 1:31 AM
  2. ■□□□ ほるん さん おはよございます

    へ~ いいなあ~~~ 南アフリカ行ったんですか
    すごいっす。

    彼の悪妻についても、インビクタスの原書に記述があります。
    彼の離婚会見の様子、そして彼がもし、投獄生活を
    強いられることがなかったとしたらということ。

    彼の子供たちの何人かは彼のことを非難しているし
    実際に殺された?ものもいる。
    家族を犠牲にしたという思い、彼の心の闇は深い。
    そう、作者は結論づけていました。

    >音声ガイドをライブって大変そう。
    はい。
    まずは、ライブの状況ガイドまではできないので
    他の方に任せて
    私は、誰か(たぶん複数)の字幕を吹き替える
    吹き替えに初挑戦です。
    マッドレイモンの役ができるとうれしいんだけどな(^^;)

    Comment by みみすけ — 2010年2月7日 11:03 AM
  3. 昨日映画見ました。シンプルな哲学と状況設定でとてもわかりやすく
    共感できました。アパルトヘイトの時代は丁度 学生だったのでその輪郭だけは学びました。ただ もう少し知りたいという部分が沢山 見え隠れして
    「あー 面白かった!!」では落ち着かない気分でいました。
     
    このページに出会い 色んな場面を思い出しながら「なるほど !」と
    思うことが沢山ありました。「はてな ?」の部分が少し理解できました。ご紹介のDVDも是非 探してみます。有難う!!

    この映画はきっとこうした 「きっかけ」を沢山の人に与えるものだと
    思いました。

    Comment by beelinda — 2010年2月23日 3:55 PM
  4. ■□□□ beelindaさん  はじめまして

    初のコメントありがとうございます。
    このページでそんな風に思っていただけたなんて
    なんてすばらしいことでしょう。

    このページを作ってよかったと思いました。
    ありがとうございます
    映画は事実をもとにしたものです。
    原書ではツツ大司教というマンデラの友人が
    こんなことを言っています
    「よいことは、それで終わりになならず
     また良いことのきっかけになる。
     それがよいことということの意味なのです」
    この映画もその一つなのかもしれませんね(^^)y

    Comment by みみすけ — 2010年2月24日 6:48 AM
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